この頃、TVを付けても新聞を開いても、
硫化水素を使った自殺のニュース。
自殺という哀しい最悪の決断をしなければならなかったほど、
追い込まれてしまうまでにどんな事があって、
どんな心の葛藤があったかと思うと、やりきれない思いです…。
そして、残された遺族の方や友人の方々は、
その人を突然失ってしまったショックと深い悲しみと同時に、
心に深いダメージを負ったかもしれません。
中には、“なぜ、気が付いてあげられなかったのだろう…。”という自責の念を抱えながら、
日々を過ごしていく人もいるかもしれません。
そう思うと言葉が浮かびません…。
硫化水素による自殺による二次災害。
巻き込まれてしまった方も、多くいらっしゃるそうですね…。
“誰かを巻き込んでしまうかもしれない”そう考えられる余裕があったら、
この方法での“自殺”という道は選ばないかもしれないけれど、
でも、薬品を探し購入し、一時であっても冷静になる時があったのなら…と、
考えてしまうんですよ…。
私の父は、数年前ある病にかかりました。
病院にしばらく入院し治療をするも、“手の施しようが無い”と医者に見離され、
父は自宅のベッドにて闘病生活を送り、それから数ヵ月後息を引き取りました。
父は、その間懸命に生きようとしていました。
医者に見離されても、息を引き取る数秒前まで生きようとしていました。
その姿を見ているからこそ、どんな理由にしろ自ら命を絶ってしまう行為に、
どうしても複雑な思いを抱いてしまいます…。
“父の命はもう長くない、だからその時を覚悟しなければ”と思っていました。
でも、今なお、“
風樹の嘆き”を抱えながら日々を過ごしている私がいます。
私はだから将来、どんなに追い詰められても“自殺”という道は選ばない。
というより選べないでしょう。
父は最期に、命の大切さを教えてくれたのかもしれないです。
自らの生き様、死に様を見せて…。
自殺。
残される方にも心に大きなダメージを残す行為。
どうか自殺を踏みとどまって欲しいと、願わずにはいられません。
それが、無責任な願いだと言われたとしても…。